フュージョンを聴く

音楽と日記/フュージョン以外も聴く

日記13(無題)

いつも私がコーヒー豆を購入している店が来月末に閉店することになった。その店はご夫婦が経営しているのだが、老後をより楽しく過ごすためと別の県へ引っ越すことにしたのだという。幸いにも豆の焙煎はその県で行い、配送もできるらしかった。ご主人の焙煎する豆は私の体によく馴染み、飲むと体調がよくなるのが自覚されるほどだった。医学的な根拠には乏しいのかもしれないが、私にとってその店のコーヒーは薬のようなもので、ありがたく飲んでいた。

最近は生活の繰り返しが自身の背丈を超えて迫り来る大波のように感じられ、店に入る前も随分と参っていた。しかし、引っ越しの発表を終えて吹っ切れたのであろうご主人から「ここ何ヶ月かで太ったんじゃない?」と言われたり、「あなたは真面目だからもっと貸しをつくるぐらいに頼ったほうがいい」「もっと手を抜くくらいでいいと思うよ」と言われ、気持ちが軽くなった。就職や今後の生活など気がかりなことはいくつもあったが、核心には触れられなかったからこそ、安堵したのだった。人を頼れない性格であることは本当にその通りだ。けれども、肝心な時に手を抜きすぎるからこのような情けない人生になったし、それはご主人の言葉がどうこうではなく、当然自分自身の問題なのであった。きっとご主人も奥様も幸福なのだろう。だから私は伊藤潤二版『人間失格』の葉蔵の台詞よろしく「このご夫婦に幸福を。ああ、もし神様が自分のようなものの祈りでも聞いてくれるなら...」と、引っ越し後の2人の幸運を心の内で願ったものである。

その店にはほかにも思い入れがあり、書きたいことも沢山あるのだが、来月にそれをご夫婦に伝えた後で、また日記として書こうと思う。

 

私もよほど思いつめていて堰が切れたのだろう、今まで海を見ることを目的に出かけることなどなかったのだが、ついに海を見に行くことにした。砂浜にまで行けるという地点に着いたが、すでに18時を回っており、暗く何も見えなかった。その後、たまたま迷い込んだ行き止まりの道路に路駐してある車が2台ほどあったので、私も車を出て約1mほどあるコンクリートの壁を降りるように歩いた。さらにガードレールを越えると、港の向かいの岸に出た。

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写真だと光の反射が少し綺麗に見えるかもしれないが、肉眼では光がぼやけていて海は青黒かった。一度早朝に沖で海釣りをしたことがあったが、そこでは船の周囲の海原や空が死の世界のように感じられた。そしてこの時間の海も一歩近づくほどに死が感じられ、不用意に近づきたくなかった。スマホのライトを海に当ててみたが、海の方がどす黒くて光を吸い込み、海中を見通せない。ほかには魚が水面で泳ぐ音が聞こえ、釣り人の男性も1人いた。肌寒かったが、波の音に全身を包まれるのは心地よく、皆が海を求める理由が少しわかったような気がした。

 

帰りは海辺の土に生えていたススキらしき枯れ草を何本か抜いて持ち帰った。自身の部屋に飾っているが、この部屋にはあまり合わないような気がする。数年前に訪れた仙台のコーナーハウスというカフェでススキが飾られていたのを真似したかったのだが、そのススキはもみが立派で一輪挿しももっと美麗だった。就職したらハードオフで一輪挿しを探したい。

 

音楽は、今回ご主人から2枚のCDをいただいたうちの1枚から。

日記12(駅舎と後輩の夢)

私は人通りの多い駅舎のなかのベンチに座っていた。飲んだくれのように完全にベンチに背中をもたれていて、虚ろな気分だった。駅舎には以前多くの人がおり私の前にも人が横切るが、自分に声をかける人はいない。私は人々に目的地に向かう車線を尋ねるわけでも自分で調べるわけでもなく、ずっと同じ姿勢のまま人々が横切るのを見ていた。

 

その後、私がいたのはかつて中学の頃の同じ部活動にいて自分を慕ってくれた女性の後輩の隣だった。ある時間帯は1人とほかの後輩らと屋内でいて、その後はもう1人と外で腕を組んで遊んでいる。2人はそれぞれの時間で恋人のように自分のことを見つめることもあった。当然、関係性は他の後輩にも漏れている。嬉しさもありながら困ったような複雑な感情のまま、その時間をやり過ごしていた。

 

* * *

 

あまりスピリチュアルなことは信じないたちであるが、昨晩見た夢が現実と少なからず関わりがあるような気がしてならなかった。

 

最近は以前にもましてXでの投稿の数が過剰になっていて、私は時々インターネットピエロを自称しながら自分の道化具合を揶揄している。そうした中で本音は語ることもあるけれども、本当に自分が困っていることが誰にも伝えられていないような気がしていた。私は仕事のことや生活上の悩みについて、本当に語りたい相手にすら正直に語れないことが多い。しかし当然だが、SNSで関わりのある人々に自分のありのまますべてを打ち明けるわけにもいかない。

 

後輩については、当時はほどほどの距離感を保っていて、後輩らが冗談を交わし合っているのを私が見守りながらも必要な指示は私から出していた。関係性はかなり良いほうで、社会人になってからも会うことができるくらいの仲の人々だった。ではなぜ部活動の後輩なのかと訝しく思ったのだが、今思うと当時の部活動は自分の意見が通りやすい場所であった。それは、好き勝手に物事を語ってエコーチェンバーをつくりやすいSNSでの自身の状況を表しているのではないか。

 

SNSは本当に心地よく、Xが自分の全てになっている。私はもっと現実世界の人間関係のなかに生きるべきなのだと思う。

『H』(1980)

まさか、自分がボブ・ジェームズに心を奪われるだなんて思ってもいなかった。

 

アルバム『Cool』は前作でのアール・クルーとのコラボ以上に楽曲からのドラマを感じられてお気に入りだ。D.サンボーンをフィーチャーした『Double Vision』はあらゆるセクションが艶々しく、商業的に成功したことにも納得だった。『On Vacation』もジャジーで過去の作品とは比類にならないほど芳醇だ。ときに感動をもたらす音楽を作り上げることもあるけれども、私がボブ・ジェームズから汲み取る音楽の役割としてはどちらかといえばライトでかつBGMらしい、そんな印象の強いアーティストだった。

 

知人の車の中でたまたま再生候補に飛び込んできた「Snowbird Fantasy」を聞いた時、その旋律が摩訶不思議で気になり、スマートフォンのShazamを起動した。すぐにボブ・ジェームスの肖像とともに曲名が現れ、私が名前をよく知るアーティストの作品であることがわかった。音楽は続き、私の脳内ではボブ・ジェームズのそれまでのアルバムジャケットのモチーフとなったトランプやラグビーボール、標識、てんとう虫といったリアルなイラストが夥しい数で、万華鏡のようにめくるめく動く。そんな酔狂なイメージを膨らませながら、その車は目的地に向かっていったのだった。

 

自宅に帰って一人になると、この曲を繰り返し聞いた。やはりラビリンスのような導入部のエレクトーンと、それに続くピアノが印象的だ。ブラス、パーカッションのサウンドには、ラテン特有のブレーキが効いており、身体を左右に踊らせたくなった。

そしてこのアルバムの音楽体験がほかと異なっていたのは、構成を意識して聞くことができた点だった。同じような音楽体験は、角松敏生の「飴色の街」を聞いた時にもあった。「飴色の街」は、旋律が往復を繰り返しているA部と、転調したB部という明確な2部構成を持っていた。「Snowbird Fantasy」はもう少し複雑だったが、大きく3つの構成から成り立っていた。こうした楽曲は途中に挟まれた変拍子も含めて不要な箇所がなく、慎重に作曲していかないと出来上がらない。どうもこの曲が、試行錯誤のもとに緻密に設計された作品に感じられた。

 

一度レコード市でこのアルバムを買おうとしたが、WEBで探せないがために購入を狙っていた盤が欲しくなり、予算の都合もあって断念していた。その後は「Snowbird Fantasy」を聞くとその音楽から受ける熱と旋律への感動で涙がこみ上げてくるようになり、購入しなかったことを後悔した。自分にとってこの曲がそれほどに重要な曲になっているとは思わなかった(深町純の『On The Move』を聴いた時もそうだったが、最近は音楽を聴くと涙が出ることが増えた。自分の精神の在り方が少しずつ変容しているのかもしれない)。

 

やはり、私はレコードを買い求めた。ありがたいことに『H』はブックオフに550円で並んでおり、すぐに購入した。アナログで楽曲を聞くと、Apple Musicで聞いていた時のサウンドのバランスとは異なっていた。シンセサイザーはスネアドラムの後ろにあるように感じられ、スルドはとても重い。そして後ろのホーンセクションはエコーの効いた柔らかいサウンドと主旋律との違いが明確だ。そしてアコースティックギターによるトリルやアルペジオの音のすべてが拾える。それらは、生の楽器の音が目の前にある証左だった。そしてそのまま、手にとれるような立体的なサウンドで、私の好きな曲が展開されてゆく。すぐに、自分はこれを望んでいたのだと実感した。その後の「Shepherd's Song」「Brighton By the Sea」も、1曲目との落差をこの身に受けるように黙って聴き続けた。これらも、満潮のような1曲目の高ぶりを沈めるために必要な曲だった。私はもっとはやく『H』を購入すべきだったのだ。

 

ボブ・ジェームズは私の心を奪ってしまった。彼は紛れもない巨匠なのであった。

 

『ON THE MOVE』(1978)

深町純がニューヨークに渡米し録音が実現したアルバム。このアルバムのクレジットに脱帽せずにはいられない。

 

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/On_The_Move

 

リリース当時1978年は、渡辺貞夫の『CALIFORNIA SHOWER』がリリースされ日本にフュージョンブーム起きた頃。そうした趨勢よりも先駆けて海外フュージョンのオールスター一同を従えながら録音をし、このレコードをリリースしようとしたのだろう。

 

サウンドは当時の海外のフュージョン作品と比べても全く遜色はなく、各楽曲の完成度も高い。ある意味でStuffらしい表題曲「ON THE MOVE」のなかで深町純のシンセが轟いているのが気持ちいいし、「LETTER FROM NEWYORK」では泣かせるボーカルで本場アメリカのフュージョンへのリスペクトを感じさせる。「DEPARTURE IN THE DARK」は、未来への飛翔を見据えたテーマ楽曲のようになっている。

なによりこの「DEPARTURE IN THE DARK」では、あのブレッカー兄弟がのびのびとフォーンを鳴らし、スティーブ・ガットと深町純が掛け合いで、しかも羽目を外すように演奏しているのが、にわかに信じがたく胸を打たれる。その一方で「YOU'RE SORRY」「悲愴」では、ソロを演奏するマイク・マイニエリの魅力も引き出せている。

こうした深町純と一流プレイヤーによるただならぬ共演を思い浮かべながら聴くたびに高ぶりが起き、先のマイクがリリースした『LOVE PLAY』にも相当する傑作が出来上がったのではないかと感じられる。

 

平成に生まれた30歳の、深町純やほかのトッププレイヤーのことも経歴上でしか知らない人間が言えることではないかもしれないが、深町純はもっと評価されるべきではないか。あと何年かこの『ON THE MOVE』のリリースが遅ければ、日本でも深町純のブームが起きていたのかもしれないし、そうあってほしかったという叶わぬ願望を、現実世界の誰に伝えるでもなくこのネットの海に託しているのである。

 

日記11(部屋づくりはカフェプロコプを目指して)

先日私の地元にあるとある喫茶店を訪れたのちに、自分は果たして一体どんなものが好きなのだろうと考え込んでしまった。

そこには、X(Twitter)の鄙びたものが好きな一部界隈の方々に素晴らしい店だと言われていたのをたよりに、帰省の折にようやく機会をつくって訪れることができたのだった。ほかの喫茶店にはない広々としていて荘厳な空間を持った特徴の店舗だったし、それがきっとそのお店の良さなのだろう。その一方で、経年により建物そのものやインテリアが朽ちているとも感じた。

同じくらいに古さが魅力の喫茶店では仙台の"路傍"という店があり、その内装にいたく感動した記憶があったから、こうした古さを素直に肯定できない自身の心境の変化が自覚されたし、それは自分の感性が徐々に死んでいる証左なのだろうと思ったものだ。

 

ひとつ仙台の喫茶店で印象に残っている店舗がある。それは"カフェプロコプ" という店で、知人によれば仙台の現存している喫茶店で二番目に古い喫茶店だと言われている(ぜひWEBで検索をして調べていただきたい)。

内装の特徴として、明暗がはっきりとしており、なおかつ色の傾向が統一されているという点が挙げられる。扉や床、壁側の床に接する巾木はばきはこげ茶の木製で、壁は白い。椅子とテーブルは、骨組みが銀色のアイアンではあるものの、基本的には黒色で成り立っている。ランプのシェードは照明・テーブルランプともにガラス製で、青銅風の置物も置かれている。つまるところ内装の色は主に白、茶色、黒でシンプルに構成され、暖色の照明の色も内装の白や茶色との相性がよいのだ。そして、そこで出される陶器の皿の乳白色が、店にぴったりと馴染んでいた。

旧来の店構えであるにもかかわらず現代に通用する清潔さを持ったこの店には絶対にもう一度訪れたいし、自身の部屋も可能な限りプロコプの美学に相当する部屋に近づけていきたいと決心したのだった。

 

今住んでいる部屋は私なりに2つのこだわりがある。まず、古いモノの横には、なるべく新しいもののそばに置くようにすること。私は家具にせよ道具にせよ、古くて良いモノは基本的に新しいものの中でこそその良さが際立つと考えている。だから、古いレコードプレーヤーの隣には新品同様のスピーカーやアンプが製品を設置している。

また、部屋に置くインテリアの色と素材の傾向はなるべく統一している。色でいえば基本的にこげ茶色の家具を置くようにしているし、カーテンも木材の色に合うようにオレンジにしている。そのほか、空気清浄機などの家具の色は白と黒どちらにするか悩んだものの、結果的にプロコプにならうように黒にまとまっている。

一方で、課題はいくつもある。まず、部屋に2つあるランプは古風なアンティークのものと現代的なシンプルなデザインのものが混在していること。この部屋に合うのはきっと後者のシンプルなほうだから、ゆくゆくはそうしたものに統一したい。もう一つは、机の色や鏡の木材の色が明るすぎるということ。日曜大工よろしくチーク材をこげ茶色の塗料で塗ることも考えたのだが、既製品のそれと比べると見劣りがするに違いなく、これも買い替えが必要になりそうだ。

 

よりよい部屋づくりのためにまずは働いて金銭を稼がねばならず、本来このような現実逃避をしている場合ではないのだ。休職してから3週間が経とうとしているが、今後のことは退職する以外に何も決めていない。

日記10(私の棚には『Breezin'』がない)

「Discogs」というアプリで所有している音楽作品と購入したい作品のリストを管理し終えたなかでわかったのは、正直なところ自分の棚は音楽好きの方々に披露できたものではないということだった。レコードの母数も少なければ、そのなかで名盤と呼ばれる作品が揃っているわけでもない。そして、フュージョンが好きだと標榜している割には『Breezin'』すらないのはなんだか心許ない。なんなら棚にはアイドル歌手も紛れ込んでいるし、歌謡曲だってある。

 

『Breezin'』とはギター奏者であるジョージ・ベンソンが1976年はリリースした大ヒットアルバムであり、フュージョンといえばこのアルバム無くしては語れない、と言われるほどの作品だ。フュージョンの起源を辿ってゆくとマイルス・デイヴィスの『Bitches Brew』がよく引き合いに出されるけれども、クラシックの現代音楽のような厳格さを纏ったマイルスの電子音を含んだサウンドが炸裂する傍ら、『Breezin'』では文字通り風が吹き抜けるかのような爽やかでアーバンかつメロウな旋律を奏でられるのである。この作品は当時の世の中を席巻しソウル・ジャズなどの複数のチャートを賑わせた。以後、私が知るところではボブ・ジェームズといったアーティストがあとを追うようにそのアーバンでアコースティックな音楽性を引き継いでゆくのである。

 

SNSでは、CDやLPを大量に所持する方々のアカウントの投稿を目にすることができる。そこではジョージ・デュークジョン・スコフィールドソニー・ローリンズなどのアーティストのアルバムの紹介がなされている。音楽の引き出しの多さと巧妙な語りに尊敬の念を抱くし、そうしたアカウントでは無論『Breezin'』の紹介もなされていた。

 

ここ何年かで音楽面で向上が見られた点があるとすれば、壁に飾れるだけのフュージョンのLP盤が揃ってきたということだろうか。私の自室の壁には、LPのジャケットを飾る壁掛けの木片6つと、再生中の盤を置くためのイーゼル型の台が1つある。そこに「大貫妙子」といったテーマをひとつ決め、壁に飾っている。かつてはフュージョンと呼べる盤がStuffやShakatakくらいしかなかったところが、ディスクガイドに他の盤よりも大きく掲載されている盤が揃ってきたことに気づき、今日それらを飾ってみたのだった。

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『Return to Forever』、『RIT』、『One on One』
『Feel So Good』、『Stuff』、『Elegant Gipsy』
『Winelight』

 

どれもかけがえのない、自身のフュージョンの遍歴を語る上では避けることのできない盤である。そして音楽を探す行為とは常に孤独と隣り合わせだと思い込んできたが、これらに共通しているのは、ほとんどの盤が自力ではなく他力により出会うことのできた盤だということだ。周囲の人間や雑誌・ラジオなどの媒体の力なくしては、こうした出会いがなかったことを実感している。

 

いつか『Breezin'』について語る生身の人の声を聞いて、この盤を手にしようとする日がやって来るのかもしれない。できるならばそうした言葉を受けて、自身の言葉で優れた音楽の数々を語れるようになりたい。

 

日記9(生活)

医師に相談し休職することになった。会社に行くことは昨年中頃から億劫になっていって、そこから人間関係の変化や仕事で求められることの変化、自身の課題が山積していって限界を迎えていた。私はこうしたことで大きく体調を崩すことはないほうではあったが、最近は中途覚醒も顕著にあらわれて日中にも吐き気が強まるようになった。そして以前の休職時もそうだったが、私は自身の不調が体調以上に行動に現れる傾向にあり、出社することから逃避するように言い訳をつけ会社を休んでいた。客観的には職場環境から離れる必要がある状態なのかもしれず、医師からもそうした助言は得たが、2年ぶり2度目である。今は30歳であり今後こうしたことを何度繰り返すんだろうと考え、途方に暮れている。

 

ここのところずっと、仕事と生活のサイクルから解放されるための場所が必要だと感じている。できれば自己完結とならない、誰かや何かとのつながりを感じられるような別の場所。サードプレイスという言葉で表現したりもする。

 

生活はすべて自分のために行なってきた。自分の部屋で快適に過ごすため、収入を得て生活をよりよくするために仕事もしていたし、仕事から帰ってくると多少手を抜くことはあってもほぼ毎日洗濯や皿洗いなどの何かしらを行なっていたように思う。しかし、いつのまにか仕事と生活の関係は逆転していて、仕事の準備のための生活となっていた。これはただの私の物事の捉え方の違いでしかないのかもしれない。けれども仕事と生活は永遠に終わらない輪廻のようなサイクルとなって私を苦しめていったし、生活には以前のような張り合いもなく意義も感じられなくなり、それを自身の力で覆すことは不可能だった。だから、Xで自身の生活を貶めるような投稿もよくしていたように思う。

 

部屋には少しずつだが、ソファや絨毯、シャンデリアのようなインテリアも購入している。拘りもあるから、部屋が大きく散らかることは滅多にない。それは誇らしいことなのかもしれないが、この部屋がただの自意識の煮こごりのように思えてきた。以前、『結婚できない男』の阿部寛演じる建築家の部屋と私の部屋が似ていて驚いたことがある。部屋にはフロアランプが置いてあり、ステレオを兼ね備え、ショスタコーヴィチ交響曲第5番『革命』をバックにその建築家が指揮する姿もまるで自身の精神性を写しているようだった。自分にとってありったけの価値あるものを投影してきた部屋が、なんだか滑稽に感じることも事実だった。

 

私にはこの部屋でない場所に身を置くことで、そうした自意識の拘泥からの解放が必要なのかもしれない。仕事でも生活でも、常に自意識と隣り合わせのように感じる。

 

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昨年末のしんどいときには、石橋英子の音楽が私に寄り添ってくれた。スティーリー・ダンマイルス・デイヴィスにあるようなマッチョさやフュージョンのようなきらびやかさがあるわけではなく、油彩で彩られたようなちょうどよい色彩感の音楽だ。ジャズピアニストのマッコイ・タイナーMcCoy Tyner)からも同じような音楽性を感じる。ファーストアルバムも素晴らしいが、『imitation of life』では彼女の美的感覚のなかに死生観も感じられ、好き好んでよく聴いている。